2023/02/23-25



無矛盾性を利用すれば、何でもできるのではないだろうか?それが真理ならば、それが最高の原理なのだ。主客未分が最高の原理なのであるならば、他人を傷つける人間は自分を傷つけているのだ。

他人を醜いと思って自分い何も起きないのであるならばそれは矛盾している。つまり自分が醜くならないとおかしい。美しくならなければならないのであるならば、年老いる事は矛盾している。つまり原理的には時間が存在するわけではない。時間は存在せず他人を老人だとか醜いとか思うから自分が年老いて醜くなる、という因果関係が正しい筈だ。

そして他人の夢を叶えさせるならば自分の夢も叶う。空間の仕組上そうなっている。


この無矛盾性とは極限まで抽象的なのであるから、寧ろ空間概念にとらわれない方がいい。もっと言語的に捉えるべきだ。つまり言語に支配されていると考えた方がいい。他人を醜いと思ったら自分が醜くなるように空間が形成されていくのだ。

尋常じゃないくらい夢をかなえたい人間がいて、それが叶わないのは矛盾しているのではないだろうか。






宿命の相手と再会する、或いは出会う方法は、自己の本来の役割の仕事だけに全てを捧げ注力していった先に再開が待っている。宿命を仕事をやり続けた先に待っている。

可能性を宿命以外閉ざした先に宿命が待っている。

それを楽に叶える方法が±∞を思い浮かべる事だ。




幻 第二版は知人にこうしたほうがもっと良くなる気がすると言われて若干直した。




鏡の世界は無矛盾だとしたら存在するのだろうか。いや

存在はするのだ。無矛盾ならば。

鏡の世界に行く方法があるとすれば、やはり鏡と「接触」するしかない。これが荒木飛呂彦の大統領の能力の発現条件か。


鏡の空間を考察することにより何か新しいものが生まれるかもしれない。


そもそも鏡に映った顔は俺ではない。




無矛盾性によれば、他人の顔を悪いと思った時、自分の顔が悪くなる、と言う事になるが、では嘘でも顔がいいと思っていれば悪くならないのかどうなのか?

嘘という事は本心では悪いとか思ってるわけである。本人は自覚がある。


嘘でもいいから美しいと思っていればどうなるのか。嘘で好きとかいうと勘違いする人がいる、嬉しく感じる人間がいるから嘘でもいい筈だ。嘘でもいいから美しい美しい言い続けていれば、相手はいい気持ちになるのではないだろうか。


無矛盾性の本質は、エネルギーを奪った、全くの同質のエネルギーを奪われる、という事だと思う。


顔が良くなるとか悪くなるとか老けるとか、全てエネルギーの出入の問題だと思う。そしてエネルギーとは何かとは想いである。





ABSTRACT MASH/1mm タール

https://youtu.be/xG76nFyT4pM

音楽はこうあるべきだ。彼らは自分を極限まで追い込んでこの曲と演奏を作っていた筈だ。俺もしないといけない。


ボーカルの村松拓の顔から滲み出る妖気。死に際にいるからこの妖気が宿る。


やはり毎日筋トレをしないといけない。筋肉をつける為ではなく死に際に行く為に。


凄まじい抽象を含んだ具体的な情景描写。タバコの情報を何の為に入れるか、その根底にある深い抽象を描く為に入れる。詩の最初から最後まで一つの一貫したテーマや映像があるべきだ。



NUMBER GIRL/OMOIDE IN MY HEAD

https://youtu.be/cfzr161FM7Y

若い頃の演奏と比べて柔らかくなった気がする。

邦楽において間違いなくランドマークのバンドだが、歌詞は何について歌ってるかほとんどよくわからない。






思うのは、やはり洋楽の方が圧倒的にルックスに気を遣っているのがわかる。あるいは身長からそう見えるだけなのか。






無矛盾ならば今の顔に生まれた、作られた理由がある。無矛盾性とエネルギー空間は同値だ。つまり、生まれた理由はエネルギーを与え奪った事に起因する。エネルギーを奪ったなら同じ形で奪われないといけない。他人の顔が悪いと思ったなら自分も顔が悪くならないとおかしい。老人だと思ったなら自分も思われないとおかしいので老衰が起こる。論理的因果関係、空間から時間、すなわち順序が生じる。順序は空間から生じる。





俺もさっさと機械学習マスターしないといけない。とにかくさっさとディープラーニングをマスターしないといけない。業務にも支障が出る。





何故縁がある人間といると懐かしい気持ちになるか?→前世でも縁があったから。


縁があるから出会うのか、縁がなくても出会うのか?縁の定義がシーンの事ならば縁がないならば出会わない。つまり、縁があるから出会うのだ。ところで縁があるとは何か?縁とはシーンの事ならば、シーンがある、となるから決定されている事になる。縁の有無はシーンの有無であり、即決定論に繋がる筈だ。

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