永遠の美貌
序文
この5年間の間に考えた事をまとめてみました。
定理群の一部の主張自体はミュージシャンや芸術家が既に言及はしていたのですが、どのようにしてその結果を示すのかは与えられていなかったので、結果として私が論証を与える形になりました。5年前、存在について色々と考えていて、結果として存在の相互法則を導きましたが、その後色々と理論的な事は思いついたもののとりあえず発表もせずに放置していました。そこから1年前に美容法を考えていて、美容法の究極形として時を止める事について色々考え、得られた結果を記しています。基本的に定理とその証明、その系、及び具体的応用という順に記しています。また、後で定理を公理と設定した後に生じる様々な性質についても考察しています。ちなみにこれが数学に分類されるのか物理に分類されるのか哲学に分類されるのか自分でもよくわかっていないのですが、個人的主観では書かれた範囲内では自分は数学者に分類されると思っています。最終的には芸術の一般理論になりました。書かれている内容は自己責任でお願い致します。
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永遠の美貌
定理1 存在の定義
存在とは輪郭の事である
証明
2つの補題を示した後に題意を示す。
補題1 存在するならば形状を必ず持つ
証明
背理法で示す。
存在しても如何なる空間にも形状、要素がない存在物Aがあったとする。
Aは点・で置換されるが、これは空間がなければ不可能。空間の要素だと主張している。点それ自体空間の要素だ、となり矛盾する。点で置換できる事は存在するための十分条件。もし点での置換を認めないならば、文字での置換も認められない。存在物Aが書けない。それはそもそも存在しないと同義。
反論として点・はそもそも空間の要素ではない、という反論が考えられる。ところが、その空間の要素ではない点・それ自体もこのように紙の上に書けて空間の要素である。つまりどのようにしても点・は空間の要素。
補題2 形状があるならば存在する
証明
自明
補題1及び2より定理1は示された。
系1.1 最小の長さを持つ素粒子は存在しない
証明
無限小超実数の一つεを取り続ければ補題1より自明。
系1.2 全ての文章、学問は空間の理論、幾何学、物理学に還元される。
証明
補題1より明らか。
定理2 存在の相互法則
動詞の主語になると同時に動詞の目的語になった時のみ存在が成立する
証明
A⊇Bの定義は
Aの内側にBが配置されている
とする。
定理1より形状が定まるにはA⊇BとB⊇Aの2つの式がいる。この2つの式により形状が定まる。つまりAとBは対称的な関係にならないと存在は成立しない。動詞の主語になるだけでは存在は成立せず動詞の目的語にならなければならない。
逆にA⊇Bのみ、動詞の主語になるのみで目的語にはなってない状態を形状の定まっていない波動と呼ぶ事して、波動全ての総称を波動空間と呼ぶ事にする。つまり波動空間とは精神の空間である。
そして、存在とは波の共振である。
系2.1 波動医術
存在現象は主語が変われば変わるので、全ての病気は、特に癌細胞は精神状態によって決定されている。
cf
小林正観「ありがとうの神様」
ドーソンチャーチ「思考が物質に変わる時」ねずみから消えたがん
応用2.1.1
例えば美容ならば肌の状態も精神状態によって決定されているので、自分が肌を愛せば肌が綺麗になる、と予想され、そのような主張している美容家を二名挙げられる。
系2.2
相手の事が好きになるとは、共振を起こしている事である。
系2.3
自分が何か自分の意思で決定したと思っていても、空間の根底にある意識にも上らない波動の影響を受けている。
系2.4 引力
動詞の主語になると同時に目的語にならなければ存在は成立しないので、接触しなければ、所有する(⊇)という動詞の目的語にどうしてもならない。
公理 存在を成立させなければならない
を導入すると、引力が発生する。
定理3 自己愛の定理
人は自分の事を何よりも深く愛している
証明
自分に自信が持てない、自分の事を愛したいと言っている人達がいるけれども、この事から洞察されるのは、自分の事を愛したいと思っているのは、それは自分の事を愛しているからそのような発言が出る。
つまり真実は、自分の事を何よりも深く愛している。
定理4 相互愛の定理
証明
定理2存在の相互法則から、他者が自分を愛してないと自己の存在は成立しない。ところが、自分も他者を愛してないと自己の存在は成立しない。自己を無限に愛してるならば他者も無限に愛してないと自己を無限に愛してるが成立しない。
定理5 全ては一つであり、その一つは愛
証明
全ての人間が、自己を、そして他者を無限に愛しているのが真実であるならば、世界は愛で繋がっていて、全ては一つで、その一つは愛である。
定理6 神とは愛である
証明
ここで、愛が全てを統制するものとして描かれたが、これが神とどう異なるのかを考える。神の定義が万物を生み出したものとして定義されたのならば、神は愛の前提にある。神≧愛が成立する。ところで神で世界が一つになるかを考えると、宗教が対立してるように、あるいは同じ神を信仰してる人間同士が対立するように、神で世界は一つにならない。しかし、真実は世界は一つであり、愛があるならば世界は一つになる。つまり愛の方が神よりも上である。愛≧神が成立する。上の不等式二つを比べて、神と愛が同一のものであると導かれる。
定理7 因果関係(原因と結果)とは名詞と名詞の時間的繋がりである
ここで、因果関係とは何か考える。関係とは名詞と名詞の繋がりの事である。では名詞を使わなくなった時何が起こるのか?因果関係が消滅する。主体と客体の区分けが消えて、全てが一つになる。試しに、一切の言語を使わずに周りを眺めると自己愛が深まる実感が生じる。
定理8 運命とは言葉の事である
因果関係が言葉、言語ならば、運命とは、出会うものとは言葉の事である。自分の運命は自分の言葉が定めている。
定理9 言語を使うから孤独を感じる 存在の相互法則と自己愛の定理、言葉の関係
因果関係が名詞と名詞の繋がりであり、言語を使った時点で主体と客体とに分けられる。言語を使った瞬間に、自己愛が成立せず、主体と客体が分けられた文章の檻の中に閉じ込められ、存在の相互法則の条件の中に閉じ込められる。つまり、孤独を生み出しているのは、我々が言葉を使うから、空間を自分とそれ以外に分けているから、という事になる。
定理10 直線は存在しない
証明
1/0.1=10
1/0.01=100
1/0.001=1000になる。
このようにして無限に小さくしていくと極限として+∞に近づいていく。
ところで
1/(-0.1)=-10
1/(-0.01)=-100
1/(-0.001)=-1000になる。
負の数でどこまでも小さくしていくと-∞に近づいていく。
では1/0は何か?
0は+でもあり-でもある数と捉え、上の二つの現象を押さえて推測すると±∞になる、と想像がつくが、+∞と-∞が一緒のはずがない、背理だと思われる人が多い筈だが、数直線で正の方向に無限に直進したら空間が曲がっていって気がついたら+∞は-∞の位置にいて更に進行方向に進むと-∞から元々いた0の位置に戻ってくる、という風に解釈することも出来る。つまり空間は円環のように閉じて曲がっていて完全な直線など最初から存在しない。全ての線分は閉じた曲線である。直線が存在しない。
系10.1
系2.2より相手に惚れるとは心の波動が共振を起こした時になるので、波長が0、振動数±∞(夢幻)の波動を持つ時、対面した異性は全員その波動を発する人間に惚れる。
系10.2 美の空間的性質
系10.1より美とは±∞の波動を発する所に存在する。
応用10.3 臓器再生、死者蘇生の構想
仮想有限固体容器内部に水を入れておいて、そこにエネルギーを限りなく加えていくと、やがて気体になりその後エネルギーの値が±∞になった時、全ての形状が崩壊しエネルギーそのものになる。この時どのような形状も出来るので、それを冷却すれば失われた臓器も再生される筈。死者蘇生も出来る筈。人間にこれが出来ないならば機械にやらせればいい。
定理11 等価交換の定理
証明
全てが一つなら、因果関係が消え時間が流れる事がない、よって不老不死になる。因果関係が成立するならば、時間と空間が発生する事を示す。因果関係とは名詞と名詞の繋がりなのだから、もし時間も空間も発生しないというならば、二つは接触しているか同一物である。
因果関係とは原因と結果の時系列があるので時間が流れるのは自明。
全てが一つで愛と呼んだら、因果関係が発生せず時間が流れない。
全てが繋がって自他区分がない=主客合一=時間が止まり不老不死になる。
主客区分(自他区分)がなくなった時、年老いる事がなくなり、顔が醜くなる事はなくなる。
本当に自分の事を愛してる、という事は、他者の為に命を差し出すという事。与えるという事。そして、自分以外の何かの為に命を差し出す者が不老不死になる。
つまり等価交換だという事。
この世界は無矛盾であるという事。
不老不死になる、という事は、他人の為に命を差し出し、永遠の生命になるという事。
つまりまた別の肉体か何かで復活する輪廻転生の話では?
そして、全ての魂が主客区分を辞め、助け合う時、全ての因果関係が無くなり、時が止まる筈。
空間は無矛盾である、のでそれを美、Esprit du Samuraiと呼ぶ事にする。
武士道の定義は
他者の為に命を落とす事
であり、Le Samouraïを作ったJean-Pierre Melvilleは武士道の最も深い理解、無矛盾性に届いていた。
系11.1 自己愛の定理のステートメントを思い続けていたら時間の流れが遅くなる
証明
自明
定理12 罪を罰する為に時間が生じる
時間はカルマ(罪=主客区分、矛盾)を消滅させる為に動く
定理13 因果応報の定理
定理11の主張は空間は無矛盾であり一般化すると
「自分の発したものが自分に返ってくる」
という因果応報の性質を空間は持っている。
定理13から自分が発したものが自分に返ってくるならば、空間に断絶は認められない→空間は連続である事が要求される。つまり、素粒子はない。
系13.1 引き寄せの法則
そして因果応報の定理より引き寄せの法則は自明。
次に定理1を
公理1
動詞の主語となると同時に目的語になった時のみ存在が成立する(二項関係が可換の時のみ存在が成立する)
と公理1に置き換え、次に
公理2
存在を成立させなければならない
公理3 自我意識(所有するという動詞の主語のみの空間=波動空間)
を導入する。
この時に定理1,2,3が全て生じ、精神、或いは恋愛という数学空間が描かれる。
次に公理1,2,3から生み出される性質を考察する。
定理14 全ての存在物に意識がある
今私の目の前にコップがあるが、コップが存在すると主張するならばコップにも意識がなければ矛盾する→全ての存在物に意識がある
また、同様に万有引力が導かれる。
公理1,2をさらに抽象化して一つの公理にまとめると
公理0 Esprit du Samurai:極限の愛
が導かれる。そしてこれは定理5「神は愛である」と一致している。
定理13を
無矛盾性の公理
自分が発したものが自分に返ってくる
として定義した場合に、原因と結果、因果関係が生じ、連続である空間構造及び時間が発生する。すなわち、無矛盾性を保存する為に時間と空間が生じる。
応用
そしてこれを唯一の公理とした場合に、
私は若返っている
と発言する事で実際に若返る事に矛盾はないので本当に若返っている可能性がある。
定理11の内容は時間が空間の至る所で流れる速度が変わっている事を意味しており、時間は空間だと推察される。ならば全く逆の方向に時間が流れても良い筈。
定理10より時間は一方向に向かう円環構造の空間か、あるいは二次元以上の空間のようなものだと推定される。しかし円環構造だと至る所で時間の流れ方が異なるという性質は持てないので二次元以上の空間だと推定される。
哲学では、ある現象が起きた時に
何故こうなる?
と原因を突き止める作業が行われるが、これまでの時間の見方では、これは時間が現在から過去に流れているけれども、この行為自体旧来の時間概念からでは考えられない行為である。
等価交換の定理の主張内容は時間は至る所で曲がっているのだから、どう考えても時間は空間。つまり若返る事が出来る筈。
時間が、過去と未来という概念が、論理的整合性、一貫性を持たせる為の幻想。過去から未来に向かって時間が流れていると思い込んでいるから時間が流れる。
定理15 宿命の二人が一つになる方法は無矛盾になる事である
証明
宿命とは何か。逃れられぬ定めの事。定めとは何か。絶対の決まり事の事、論理の事。
では宿命の二人とは何か。論理の二人の事。論理とは何か。文字、シンボルの存在が成立するならばそれは補題1より形を持つ。論理とはその形を矛盾なく繋ぎ合わせる、ジグソーパズルのピースを繋ぎ合わせる行為の事。論理の二人とは、形を補い合う二人の事。ジグソーパズルの隣り合う二つのピースの二人の事。
オイラーの定理は平面の回転などに使われ、形とは周りのピースを繋ぎ合わせる役割を持つ。逆に役割を持つのならば、それは論理的な形を持つ。
つまり、定理1の輪郭、形とは計測可能な距離空間に於ける形ではなく、因果関係の空間、論理空間に於ける形の事である。
定理1より生まれた時に形が定まるので宿命が定まるので、形の二人は逃れられぬ定めにある事が導かれ、出会う前に片方が死んでも転生して必ず出会う定めにある。
また、生まれた時に役割が定まり、形の二人は公理1,2より心の奥底では常に呼び合っている。
その二つが一つの所に収まるには、少なくとも片方が自分の周りのピースが本来あるべき所に収まっている必要がある。つまり無矛盾になる必要がある。逆に無矛盾になった時、片方が収まるべき所に収まった時、命、存在の根拠を全て差し出し極限の愛そのものになり生まれた理由を葬り役割を果たし続けた時、公理1,2より存在、すなわち形を成立させる方向にもう片方の心が動く事が導かれる。
こうして、離ればなれになった形の二人は再び一つになる。
形の二人とは愛の二人の事。
定理16 全ての芸術活動はジグソーパズルのピース、役割、形を矛盾なく繋ぎ合わせ愛という一枚絵を完成させる事
絵を完成させる為に全ての事象の構成要素を矛盾なく重複する事なく分類し、それらを矛盾する事なく配置させる事が芸術活動である。
哲学者、数学者はピースの形を把握する為に様々な概念が論理的にどう機能するか調べ上げ言語で表現する。芸術家は目の前にある林檎の輪郭線を目の前に見える林檎という事実に矛盾しない輪郭線を捉えようと素描をする。
定理17 直線を含む全ての空間構造は存在しない
証明
定理10より自明。
系17.1 加法は成立しない
加法概念が保存されるには数の線が直線か円環構造をしている事が要求されるが、直線構造は定理10より否定されている。次に円環構造であるがこれは平面構造を仮定しており直線を含むので否定される。つまり数の線はぐにゃぐにゃに至る所で曲がっていて加法は成立しない事が導かれる。
定理18 神に意識がある
証明
定理6及び14より自明。
定理19 万物の理論
美がこの世界の根源である
証明
公理0として愛、と書いたが、ここでは美と書き直す。
公理0美として、美しくなければならない事が導かれる。よって無矛盾である事が導かれる。無矛盾である為、存在と非存在の法則、すなわち
存在すると存在しないが同時に成立しない
事が要求される。
そして定理1,2の性質が導かれる。
ここで公理として美の存在を前提してるので定理1,2が空想でない事が導かれ、定理11までの議論により美の必要十分性が示せ、ここまで全ての議論で公理1,2,3全て導かれる。
定理20 この世界は劇である
証明
宿命の二人が仮にInstagramで出会った場合、二人が出会う事は最初から決定されているのでInstagramが二人が出会う為に生まれたのであり、Instagramを生み出したプログラミングが二人が出会う為に作られたのである。つまり二人が出会うという出来事が先にあってそれを現象化する為に空間が発生する。予定表がありそれに基づいて論理的世界が構築されていく。
この世界は神が台本を書き、それぞれに役割が与えられ、この世界の全ては劇を、役割を演じている。
そもそもこの世界の全ては劇の構造を含む。神に意識がある。ならば、劇になる。