2023/03/6-10


無矛盾性と美が同値である事を示す。

今、美しい理論Aと美しくない理論Bがある。お互いが矛盾するとする。

無矛盾性を前提とした場合、AとBどちらが正しいかを考察する。

どっちが真実か、という事である。

もしBだとするとAは存在しないから矛盾している事になる。ところがこれは前提に反している。

Aが存在するとBは存在しないから前提に反していることになる。



美しくなければならないのであるならば無矛盾でなければならない。

何故なら矛盾があるとすると、美しくないという人がいるからだ。絶対的な美というものは無矛盾である事が条件だ。

つまり美から無矛盾性が言えた。美の前提には無矛盾性がある事が必要だとされた。

では逆に無矛盾ならば美しくなければならないか?という事になる。

美しくない事は矛盾している事と同値である事を示す。美しい事は無矛盾である。

これの対偶は

矛盾しているならば美しくない

である。

矛盾しているならば存在しない

は真実である。その為に美と存在が同値である事を示す。そうすれば矛盾しているならば美しくないが真実だとわかる。

美の定義は論理的一貫性である。ある面では。

矛盾していて美しいものが存在したとする。


ジグソーパズルを考える。一枚の絵を表すのにどこかで矛盾があると一気に美しさが損なわれる。よって美とは全てが論理的に機能しているジグソーパズルの絵が完成している事が条件である。

すなわち美は無矛盾性である事が前提とされている。


違うな、美と言うと、美が存在する、という事だから美は無矛盾でなければならない。という条件が必要だ。

美の前提には存在概念がある。という事は美の存在の前提には無矛盾性がある。

美の前提には無矛盾である事が必要だ。何故ならそうでないと美が存在しないから。

美しいが存在しない、矛盾するものがあるか。


存在するならば美しいか?

今言えている事は美しいならば無矛盾である。何故ならばそうでないと美は存在しないから。よって無矛盾⊇美

今存在するが美しくなかったとするとどうなる?存在しているし無矛盾であるが美しくないという事である。


美しいが矛盾しているものはない。それは無矛盾⊇美だから。そして存在⊇美である。

矛盾していて美しいものが存在したとするとこれは無理だ。

よって矛盾していいて美しいものは存在しない。


無矛盾ならば美しいか?

これが真だと示したい。

対偶は

美しくないならば矛盾している

事を示したい。

これは美しくないならば存在しない、と同値である。

美しくないが無矛盾、という事が矛盾を導いて背理なので、美しくないのならば矛盾する、事を導く



「無矛盾なら美しい」、を示したい。

対偶は

美しくないならば矛盾している。

これは無矛盾性⊇美から明らかか?

今矛盾しているならば、美しくないが成立している。


そもそも無矛盾なら美しくないって、矛盾だろ。

無矛盾なら美が要求される。

何故なら美しくないのは矛盾だからである。



存在するならば美しい、は真か?

存在しないのならば、矛盾しているから美しくない(何故なら無矛盾性⊇美)、これは正しい。

対偶は

美しいならば存在する。


存在して美しくなかったら、存在しながらも矛盾する事になり、これは存在と無矛盾性が同値である事に反する。

よって存在するのならば美しい。

よって無矛盾ならば美しい

が導かれた。

よって美と無矛盾性は同値である。

そして主客未分と同値である。

よって他人を老人だと思うと自分が老ける。若いと思うと自分が若返る。




無矛盾性とは存在なのだから宿命である。



神は愛の性質を持つ。

俺の母親を殺しても許す、という性質を持つ。ところがそれでは殺人行為も容認する、という性質を持つかを考えないといけない。

やってしまったら許す、になる、という事だろうか?




年齢は現在の時刻と生年月日の引き算の結果でそれ以上の意味は何一つ持たない事が示されている。

生れたばかりの赤ちゃんは膨大なエネルギー量だが、老人はエネルギー値が低くなっている。若返らせるためにはエネルギーを与えればよい。それには他人を若いと思えばいいだけである。

つまり、若いと思うだけで若返るのだから、若いと紙に書くとか美しいと紙に書いてペットボトルに書いてその水を飲むのは効果がある筈だ。

「若い」「±∞」とペットボトルに書いて飲むの若返る?


言葉は神だった。ということは詩人は神なのだ。





後でテロメアの解析と機構を調べたほうがいい。





この世界はカルマ解消の為の劇にである、と言うのが

ストーンオーシャン

BUMP OF CHICKEN カルマ

後ハッピーマニア

をまとめ上げた帰結である。


カルマが肉体を作り上げたとすれば罪を清算するには同じ体験をした事が望ましい。過去の体験が全く同じならばその後も全く同じになるのではないか?一部が終わりなら一部だけ共有するのだ。


つまり、例えば結婚して体験するものが同じ夫婦、と言うものは、体験するものが同じだから、円環の時間モデルを取れば過去も全く同じになる。逆を取れば過去が同じ夫婦は最後まで離れないのではないだろうか?


互いに共有した罪と罰が本質的形を作っているのであれば、形とは役割なのだから人生もほとんど似たようなものになる筈だ。


不特定多数から愛される、というのは形が丸なんだろう。特定の一人から深く愛される為には変な形になってないといけない。ホストは変な奴多い。






宿命ならば、逃れられない定めだから、口に出てくる。口癖が宿命だ。頭から離れない音楽が宿命だ。

そして、イデアを作れば口癖になるはずだ。イデアは論理の究極系だから宿命になるから口癖になるのだ。




職場にいる人たちを若者若者思い続けてたら明らかに手も若返ってきた。

若返りたい箇所を、他人の同じところを若い若い言い続けてたら若返るのではないだろうか?



顔が老ける理由は、他人の顔が醜い、老けていると思う事以外存在しない筈だ。何故ならば美しくなければならないから、それ以外に理由がない。


美しくなければならない、のであるならば、美しく完璧になる物理的経路、手法がないと矛盾する筈だ。

その手法が±∞を思い浮かべる事なのではないだろうか。






無矛盾性から、他人の顔を悪く思ったら自分の顔が悪くなる


のであるならば、

浮気すんな!!!

って言い続けると、自分が言われる事になる=自分が浮気をする


浮気する出会いは自分が作り出していた。


話を発展させると、

戦争すんな!!!

って言い続けると、本人が飽きて戦争し始める。

ドストエフスキーが、「大衆を残虐にするのは永い平和だ」と言っていたのはこういう意味ではないだろうか?


と言うのが今日友人と話していて得た結論。






まず確実に言えるのは、±∞を思い浮かべて辿り着くのは受精した瞬間だと思う。では転生したとしても死ぬ方向に進むのか、これまでの時間を逆行して若返るのか。


顔が悪いと言ったら、来世で顔が悪く生まれてくるって解消方法も存在する事に気がついたが、それはない事を示したい。それが出来ないとしても、今すぐ顔が悪くなることを示したい。それは、美しくなければならない、エネルギー値が高くなければならないのであれば、時間概念はない。時間は老けて顔が醜くなる元凶で美しくなる方向と完全に逆行している。つまり他人の顔を悪いと思ったら今すぐ顔が悪くなる。他人を老人だと思ったら今すぐ老人になる、エネルギー値が低くなる。

対して±∞を思い浮かべているのは他人にエネルギー与えているのだから顔が良くならなければおかしい。というか、若くならなければおかしい。





老化するとテロメアが再生されない、というが

そもそもテロメアを作る機構に必要な栄養分やら分子やらなんやらを過剰に摂取して再生されなかったら体のどこに行くのだ?便や汗として外に出るのか?

これは食べ物の話だが純粋にエネルギーだったらどうなる?しかも恒常的に与え続けたらどうなる?


顔を悪いという事はエネルギーを奪う事で痛めつける事だ。という事はそれがエネルギーとして自分に跳ね返って奪われる。つまり顔を悪いと相手に思う事は、相手の顔を痛めつけさらに悪くしてさらに自分の顔も悪くなるって事だと思う。

いやちがうな。とりあえず他人からエネルギーを奪うがまたその他人には戻っていくのだ。つまり顔を悪く言われたことに関してさらに顔が悪くなる事はない?のか?よくわからないな。




何か壊滅した再生しない組織か何かはわからないけど、そういったものがあるとして、その為に物凄い苦労をする行為はそれの再生に役立たなかった場合、つまりその行為自体その再生になにも意味がない、なんてことがあり得るのだろうか?つまり因果関係が存在しない、という事があるのだろうか?→存在しないは成立しないので、「全ての行為」が「全て」に対して何らかの意味、因果関係を持つ、というのが正しい。さらに言えば、その中で特に因果関係があるものを抽出するのが科学や論理がする作業である、というのが正しいと思う。

他人の顔が悪いと思うのは自分の顔が悪くなるのに最もダイレクトに作用する。









よく考えたら、荒木飛呂彦は別の時空に移動できると主張している。移動できる手法が存在しないのであればそもそもそんな能力は描かない。


空条承太郎の能力はエネルギーが夢幻になって時間の中を自由に動けるって話だ。それはジョニーの時空を移動する力でも同じだが。


エネルギー値±∞は主格未分、すわなち輪郭の事ではないだろうか?輪郭に±∞のエネルギー値があるから大統領は挟まれて別の時空に行ったのだろうか?



美しくならねばならぬのに老化するのはおかしい。完全に矛盾している。のであれば、我々が矛盾した振る舞いをしているからに他ならない。






思ったのだが、アプリの開発の速さっていうのは今まで作り上げてきたアプリの量に依存するなと感じた。




スマホが関係が多いからエネルギー値が高いから人は見る、という理屈だが、企業も同じだ。アイデアを練りまくってどれだけ関係を持たせるかで人が来るか来ないかが定まる。

という事はシンプルな抽象法則こそ最もエネルギーが高いのだ。という事は無矛盾性とは±∞のエネルギーを持っているはずだ。それは空間的には輪郭の事だ。だからこそ人はセックスをしたがるのだ。ここに時空移動の鍵がある筈だ。

輪郭とは、記号、存在とはエネルギーを持っていた。


関係が多い=それだけ抽象にある=エネルギー値が高い=存在を成立させなければならない、すなわち存在を成立させるエネルギーを得ないといけないのでスマホを見てしまう

人が電車の中でも休み時間でもスマホを見てしまう理屈はこういう事だ。


ビジネスアイデアはどれだけ抽象的なアイデアになるかである。それで人が寄ってくる割合が決まる。



存在と無矛盾性が同値、

存在と主客未分が同値、

ならば花が存在すると主張するのであれば、花も意識を持っていないとおかしい、矛盾する。





存在とは輪郭の事で輪郭を定めるには形が定まらない波の二式が必要。

そして因果関係とは包含関係なのだからこれより前提はない。

よってこの世界は全て完全に無矛盾である。



思う、という動詞と所有するが同値である事を示さないといけない。これも存在を示す手法をそのまま使えばよい

すなわち

~~を思う」という状態を所有している

という手法である。

思うよりも所有するが根底にある。よって思考とは波である。

⊇は所有するという動詞と完全に一対一対応しているか調べるのだ。していた場合、この方法からもこの世界は完全に数学に置き換わる、と同時に数学も言語、哲学に置き換わる。完全に対応関係がある。というか、所有するは⊇と対応し、あるは⊆に対応しているのだから、数学と哲学は完全に対応関係がある。

全ての基本的な動詞を数学記号に還元させられれば、全ての現象は数学で表現される。






この世界は論理的なのに、定めという定義上、時刻が定まっていないのは、定めという定義に反する。よって宿命のシーンは時刻まで定まっている。コンマ1秒の狂いなく。



イーロンマスクも、ベゾスもビルゲイツもみんな離婚している。

身を粉にして働きまくった結果大金持ちになったけど、健康も失い同時に愛も失った。

全てを差し出していた。イーロンマスクが週100時間働けとか発言している動画があったと思うが、そんな働いたら健康を害する。太く短くか、細く長い人生か、という違いだ。


愛を失ったと書いたが、正確には二人ともが犯した罪が解消されたから一緒にいる理由が消滅して別れたの方が正確かもしれない。


ある体の部位に悪いことをやるというのは、そこに対して存在のエネルギーを奪うという事をやっているという事だ(だからルックスや健康が劣化していく)、だから復活させたい、若返らせたいのであればエネルギーを与えればいい筈だ。






他人のルックスを馬鹿にしたら、自分のその部位が悪くなるって、ルックス(特に顔)に何考えて来たか履歴が残るって意味だ。

他人のほうれい線が深いと思うと自分のほうれい線が深まるって話だ。




見方を変えればボードレールの惡の華は人間の欺瞞を告発する正義の書物だった。それが序文だ。

俺はお前ら(世間)が悪と定義する(=美ではない。醜)ものから美を抽出した、という意味だろう。

皮肉屋ではないか。






斎藤一人が「ありがとうって一日100回いいな」って仰られるけれども、それだけ言ってたら、「ありがとう」が宿命なるという事ではないだろうか。


ところがありがとうと思っていてもノンバーバル、体の動かし方は速くならない。±∞なら速くなるし存在も成立するからこちらの方が本質だろう。


そもそもありがとうとブツブツ言うのは職場では絶対無理だ。

トイレの中ぐらいではないだろうか。それにしても無理がある。意図的に努力しないといけないし労力が多い。俺のはただの数字思い浮かべてるだけだから無機質的で誰にもわからない。





長さが夢幻の線分は必ず閉じる

をきちんと示す事だ。

長さが定義されているのだから量概念が定義されている。すなわち加法が定義されている。一方向に伸びる線分と逆の線分を伸ばしていくと必ず交わる。

これで終わりだ。

すなわち延々と同じことを繰り返しているに過ぎない。



詩の書き方

哲学的定理を日常の言葉による具体的な比喩で表現する。それが詩の書き方

文語で書いたら純文学になるし、口語で書いたら歌詞になる。




所有すると⊇が対応している、という事は、この世は数学が支配しているし哲学が支配しているとも言えるのだ。つまりテロメアがどうのこうの俺は言っているけれども、普通に因果応報で老ける、肌値下がるでいいのだ。それだけだ。という事は他人を若い若いいっているだけで若くなるのだ。それをいちいちエネルギー論に変えて数学化する必要もないのだ。


ルックスが悪いと思う=エネルギー値が低いと思う→自分のエネルギー値が下がる=老化する=細胞が傷つきシワ等が入りやすくなる


老化は無矛盾性から起こっていた。無矛盾性で老化は説明できる。この世の矛盾するように見える逆説も説明できる。





他人に対して醜い老人だと他人に言った回数=他人から奪ったエネルギーの総量が老化を定めるのであれば、若返りを定めるのはその逆を言った回数=他人に与えたエネルギーの総量に依存する筈だ。


これの証拠が金をため込んだ老人だ。


そして金使えばルックスは上がるのは事実と当たっている。





時間という名前の順序が存在して、逆行する物理的経路がないと矛盾する、というより、醜くなる=エネルギー値が低くなる経路と美しくなる経路の二つが存在する、という事ではないだろうか?

美しくなければならないのであれば、即座にエネルギー値が高くなる物理的経路が存在しないと矛盾する筈だ。何故なら、美しくなければならないのに、醜くなるしかないのであるならば、矛盾する気がする。





存在とは空間に帰着するならば、この世には空間しかないって事だ。空間以外の概念は存在しない。

空間以外の前提は存在しない。

空間が神様だった。全ては決定されている。無矛盾性とは空間全体の事でもある。


芥川龍之介の英雄の器は天に逆らおうとした劉邦の話だが、所詮自害したのも空間内部なので天に逆らうことは出来なかった。




究極の美容法は心の中で美しい、或いは若いと言い続け宿命にするだけだった。宿命にすれば良いというだけだった。

顔が悪いとか老けているとか思ったら宿命じゃないって事だ。


健康が欲しいなら、健康と言い続ければ良いのだ。



後ハッピーマニア

若い時に散々恋愛をして浮気をしたカヨコは年老いて高橋に捨てられる。ほとんど男から相手にされない。縁の総量は一定だった。若い時に犯した過ちが年老いてカヨコを襲っている。

後ハッピーマニアはGo Happy Maniaだが

業ハッピーマニア、ということではないだろうか。つまり、結婚生活は因果応報であり、カルマが夫婦を結び付ける。カルマを解消した時別れる。



仕事の定義は

自分がやるもの

かつ

誰かがお金を払って頼むもの

つまり、主客未分である。人は頼まれごとだけやっていれば良いという小林正観の発言は正しかった。


このブログの人気の投稿

La Fatalité

L’Esprit du Samurai