2023/03/03


美しくなければならない=エネルギー値が高くならなければならないのならば、今すぐ全身が若返る物理的経路が存在しないと矛盾すると思う。

何故なら、もし存在しないのならば、醜くなるか止まるしかしかない。全身のエネルギー値が低くなるか止まるしかない。

もしそうだとしたら、高くならなければならないに矛盾する事を示す。

美しくなければならないのならば、エネルギー値が高い方向に行かなければならない。今この瞬間から、なのか死んで生まれ変わってまた高くなるなのか。

もし今この瞬間からエネルギー値が高くなる方法がないとすると減るかそのまましかない。

これが矛盾する事を示したい。

時間が存在しないのであるならば、エネルギーの変化は不可逆的であるは成立しないと思う。

というか具体的に他人に対して若いと思ったら自分も若いと思われないと矛盾するって事ではないか?

若いの定義を20歳未満かつエネルギー値が100以上、老人の定義を65歳以上かつエネルギー値が50未満とする。

80歳の人間が0歳の赤ちゃんを、「嘘偽りなく心の底から」若いと思い続けると、80歳の人間も若いと思われないと矛盾する。

もし若返りが起こっていない場合、80歳の人間は老人だとしか思われない事になる。しかしこれは矛盾する。若返りが起きないと矛盾する。もし生まれ変わってまた同じ人生歩むときに赤ちゃんの時に若いと思われたとする。こうすれば矛盾がないとなるのだろうか?


いや、では逆に

相手を老人だと思ったら顔が老けるは真実だ。これは即座に起こらないと矛盾する。生まれ変わってから起こるは矛盾する。何故ならそうであるならば永遠に老けないからだ。

つまり

相手が老人だと思ったら即座に老化が起こる

は真実。

対偶は

老化が起きないのであるならば他人を老人だと思っていない

となる。

ではこの逆で

老人だと思ってないのならば老化が起きない

は真実か?

もし思ってないのに老化が起きていたら「美しくなければならない」に反する。

よって逆も真である。これから推察するに

他人を全員若者だと思っていれば自分が若返る

になる事が容易に推察される。


また老化が起きているならば相手を老人だと思っている

は真であるか?

これも

老人だと思ってないのならば老化が起きない

が真なので、これの対偶に当たるので真である。


次に相手が若者だと思っていれば若返るか?である。

これの対偶は

若返っていないのであれば相手を若者と思っていない

となる。

これは今までの議論から真である。

よって

相手を若者だと思っていれば若返る

は真である。

では逆に、

若返っているならば相手を若者だと思っている

は真か?すなわち若返る必要十分性は「相手を若者だと思う」かどうかである。これがセンターピンか、本質かどうかの判定である。

若返っているならば相手を若者だと思っている

が真だと示したい。

これの対偶は

相手を若者だと思っていないのであるならば若返っていない

となり、これも今までの議論から真である。


よってこれまでの議論から

定理

相手を若者/普通/老人判定をしたらそのまま自分は若返る/時間が進まない/老人になる、が進行する。逆も真である。


これを一般化すれば

相手を美しい/醜いと思ったら自分が美しく/醜くなる。この逆も真である。顔は心の産物である。


更に一般化すれば

相手に対して思った事がすべてそのまま自分に返ってくるように物理現象は変化していく。

特に

相手のルックスを馬鹿にする/褒めたらそのまま対応する自分の個所が劣化する/よくなる。

これはそのまま医学に拡張、一般化出来る。

自分の顔を若いと思っていれば若返る。何故ならそうでないと矛盾するから。自分が若いと思っていたら若返る、何故ならそうでないと矛盾するから。

自分の肉体が100歳で自分が若いと思っていてもし若返らなかったら矛盾する。若返らなかったら、思った事に何の意味もない事になる。しかしこの空間は無矛盾なのでそれはない。矛盾は成立しないから若返らないとおかしい。


年齢概念は完全に消滅した。時間も年齢も存在しない。全て空間の作用に帰着される。あるとすれば空間がどのように変化するかの論理的順序しか存在しない。






無矛盾であるならば美しい理論Aと美しくない理論BがあったらAを取らないといけない。美しくなければならない。よって不必要な公理を加えてはならない。公理は少なくしなければならない。

そして無矛盾性の公理だけでこの世界の全てが表現される(無矛盾ならばどんな空間も存在する、シナリオの世界なので感情のある人間の世界も描かれる)から、やはり公理として仮定していいのはこれだけだ。ZFCなんて最初から必要ない。





人は何故スマホを触るのか

それはスマホに沢山の関係が詰まっててエネルギー値が高く、かつ片手で操作出来て便利だからである。便利なものはそれだけエネルギー値が高い。




後ハッピーマニアによれば結婚生活とは因果応報による若い頃に犯したカルマの清算であり、そんな生易しいものではないという事だ。キラキラしたものではない。

深い関係になるものは同じ罪を犯した人間だ。

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