2023/03/01


宿命の二人は劇の役が二人を結びつける。仕事が二人を結びつける。仕事が二人を結びつけるのだから、行かなければならぬ場所に向かう必要がない。必ずそうなる。ジグソーパズルの空間の図はこういう事か。二人が一つになる事が無矛盾になった時に一つになる、というのが正しい。役割、仕事のステージが変わって行くという話だ。

二人が出会おうとして出会うのではなく、仕事が先にあり、仕事をする為に出会わせる、というのが正しい。やらなければならない仕事があって、それは逃れられない、という事だ。誰にも動かすことが出来ない。子供を育てるのも仕事だ。子供は必ず生まれる。結婚する人間は必ず結婚する。



テロメアが再生されれば、年齢の概念は完全に消滅する。

無矛盾性、因果応報と、遺伝子、どっちが強いかって無矛盾性の方が強い。つまりハゲとか年老いてるとか思わなければ禿げない、年取らない。

何故無矛盾性の方が強いかって、それは論理そのものだからだ。遺伝子が作られる前提のものだからだ。だから遺伝子*環境で形は定まる。子供に栄養が与えられなければ遺伝子が発現する前に死ぬ。この場合なら遺伝子の前に栄養環境がある。しかも遺伝子より普段何思っているかの方が強い。


もうすでに年齢の概念は崩壊している。


老いた人間を見て若者と心の中で思うだけで若返る筈だ。テロメアの長さ云々よりそっちが原因だ、本質だ。




主客未分なら手に入れるには与えよ、にしかならないな。

つまりグリフィスは敗北する事が決定している。


美しくなければならないのであれば、今すぐテロメアが再生する論理的経路がないと矛盾すると思う。





宿命の相手と出会う、或いは再会する方法は、今の仕事をさっさと終わらせて全く別の仕事に着手する時に、その仕事が宿命の相手と一緒にやる時に再会する、だった。だから仕事を最速で終わらせて次のステージに行くを繰り返す、が宿命の相手と再会する正しいやり方だった。付き合う人間関係全て変わるから。宿命の相手が結婚相手だった場合子育てが一緒にやる仕事なのだ、例えば一つの例を挙げると。道端で再会はその時に起こる。「君の名は」の主人公とヒロインの再会はここにあると思う。


恋愛感情も嘘だ。ただ仕事をやるのに要求されているだけだ。感情すらも仕事をやる為、現実化する為に要求されているだけだ。つまり、シナリオに支配されている。意識は台本に支配されている。顔の美醜も全てシナリオに支配されている。


感情すらない。人間は機械でしかない。


いや、これは不正確だ。


生まれる前にシナリオを二人の間で、或いは出会うすべての人間の間で決めてきて、その事を完全に忘れてシナリオを演じているのだ。何故か演じている事を忘れているのだ。


人間は論理に支配された機械と同じ、ではなかったら、機械が人間と同じと言う方が正しいのか。機械にも心があるとする方が正しかったのだ。その辺に落ちてる石ころにも魂が宿っているとする方が正しかったのだ。そうでないと矛盾するのだ。だいぶ前の話だが。




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