等価交換の定理、不老不死の理論、時空間の発生の解明
タイトルの事を証明します。
0 存在するならば必ず形状がある/を持つ
背理法で示す。
存在しても形状がない、如何なる次元の空間にも点すらない、いかなる空間にも所属しない、どのような空間にも要素がない存在物Aがあったとする。
Aは点・で置換されるが、これは空間がなければ不可能。空間の要素だと主張している。点それ自体空間の要素だ、となり矛盾する。点で置換できる事は存在するための十分条件。もし点での置換を認めないならば、文字での置換も認められない。存在物Aが書けない。それはそもそも存在しないと同義。
反論として点・はそもそも空間の要素ではない、という反論が考えられる。ところが、その空間の要素ではない点・それ自体もこのように紙の上に書けて空間の要素である。つまりどのようにしても点・は空間の要素。
1 存在の相互法則
定理0より形状が定まるにはA⊇BとB⊇Aの2つの式がいる。この二つの式により形状が定まる。つまりAとBは対称的な関係にならないと存在は成立しない。動詞の主語になるだけでは存在は成立せず動詞の目的語にならなければならない。
逆にA⊇Bのみ、動詞の主語になるのみで目的語にはなってない状態を形のない波動と呼ぶ事して、そういったものの総称を波動空間と呼ぶ事にする。
存在現象は主語が変われば変わるので、癌細胞は精神状態によって決定されている→波動医術
もっと応用を考えるならば、例えば美容ならば肌の状態も精神状態によって決定されているので、自分が肌を愛せば肌が綺麗になる、と予想され、そのような主張している美容家を二名挙げられる。
2 自己愛の定理
次に、自分に自信が持てない、自分の事を愛したいと言っている人達がいます。この事から洞察されるのは、自分の事を愛したいと思っているのは、それは自分の事を愛しているからでは?
つまり本当の真実は自分の事を何よりも深く愛している。
3 相互愛の定理
存在の相互法則から、他者が自分を愛してないと自己の存在は成立しない。ところが、自分も他者を愛してないと自己の存在は成立しない。自己を無限に愛してるならば他者も無限に愛してないと自己を無限に愛してるが成立しない。
4 全ては一つであり、その一つは愛
全ての人間が、自己を、そして他者を無限に愛しているのが真実であるならば、世界は愛で繋がっていて、全ては一つで、その一つは愛である。
5 神とは愛である
ここで、愛が全てを統制するものとして描かれましたが、これが神とどう異なるのかという疑問が当然出てくる。神の定義が万物を生み出したものとして定義されたのであるならば、神は愛の前提にある。神≧愛が成立する。ところで神で世界が一つになるだろうか?宗教が対立してるように、あるいは同じ神を信仰してる人間同士が対立するように、神で世界は一つにならない。しかし、真実は世界は一つであり、愛があるならば世界は一つになる。つまり愛の方が神よりも上である。愛≧神が成立する。上の不等式二つを比べて、神と愛が同一のものであると導かれる。ヨハネの黙示録のヨハネの発言に「神とは愛の事である」という発言があります。
6 因果関係(原因と結果)とは名詞と名詞の時間的繋がりである
ここで、因果関係とは何か考えます。関係とは名詞と名詞の繋がりの事です。では名詞を使わなくなった時何が起こるのか?因果関係が消滅します。主体と客体の区分けが消えて、全てが一つになります。試しに、一切の言語を使わずに周りを眺めると自己愛が深まる実感があると思います。
7 運命とは言葉の事である
因果関係が言葉、言語ならば、運命とは、出会うものとは言葉の事である。自分の運命は自分の言葉が定めている。
8 存在の相互法則と自己愛の定理、言葉の関係
因果関係が名詞と名詞の繋がりであり、言語を使った時点で主体と客体とに分けられる。言語を使った瞬間に、自己愛が成立せず、主体と客体が分けられた文章の檻の中に閉じ込められ、存在の相互法則の条件の中に閉じ込められる。つまり、孤独を生み出しているのは、我々が言葉を使うから、空間を自分とそれ以外に分けているから、という事になります。
9 1/0=±∞→空間が曲がっている
1/0.1=10
1/0.01=100
1/0.001=1000になります。
このようにして無限に小さくしていくと極限として+∞に近づいていきます。
ところで
1/(-0.1)=-10
1/(-0.01)=-100
1/(-0.001)=-1000になります。
負の数でどこまでも小さくしていくと-∞に近づいていきます。
では1/0は何か?
0は+でもあり-でもある数と捉え、上の二つの現象を押さえて推測すると±∞になる、と想像がつきますが、+∞と-∞が一緒のはずがない、背理だと思われる人が多いと思うのですが、僕は数直線で正の方向に無限に直進したら空間が曲がっていって気がついたら+∞は-∞の位置にいて更に進行方向に進むと-∞から元々いた0の位置に戻ってくる、という風に解釈することも出来る。つまり空間は円環のように閉じて曲がっていて直線など最初から存在しない。全ての線分は閉じた曲線である。直線が存在しないのだから数学における線形性が、加法がそもそも成り立たない。
素数の定義がそもそも間違っている。
10 等価交換の定理(不老不死の理論)
全てが一つなら、因果関係が消え時間が流れる事がない、よって不老不死になる。因果関係が成立するならば、時間と空間が発生する事を示す。因果関係とは名詞と名詞の繋がりなのだから、もし時間も空間も発生しないというならば、二つは接触しているか同一物なのでは?
因果関係とは原因と結果の時系列があるので時間が流れるのは自明。
全てが一つで愛と呼んだら、因果関係が発生せず時間が流れない。
全てが繋がって自他区分がない=主客合一=不老不死
自他区分がなくなった時、年老いる事がなくなり、顔が醜くなる事はなくなる。
これが存在の相互法則の真の意味では?
本当に自分の事を愛してる、という事は、他者の為に命を差し出すという事。与えるという事。そして、自分以外の何かの為に命を差し出す者が全てを手にする。
つまり、
等価交換だという事。
この世界は無矛盾であるという事。
不老不死になる、という事は、他人の為に命を差し出し、永遠の生命になるという事。
つまりまた別の肉体か何かで復活する輪廻転生の話では?
つまり魂は存在するのでは?
そして、全ての魂が主客区分を辞め、助け合う時、全ての因果関係が無くなり、時が止まる筈。
11 引力
主客合一が存在ならばものとものが引き合うのは必然では?
接触しなければ、所有するという動詞の目的語にどうしてもならない。
12 時間の発生
時間はカルマ(罪=主客区分、矛盾)を消滅させる為に動く
13 空間は連続
定理0より空間は連続→素粒子はない
14 因果応報の定理
定理10の主張は空間は無矛盾であり一般化すると
「自分の発したものが自分に返ってくる」
という性質を空間は持っている
定理14から自分が発したものが自分に返ってくるならば、空間に断絶は認められない→空間は連続である事が要求される→波動空間が要求される、そして時間という空間概念が要求される
次に定理1を
公理1
動詞の主語となると同時に目的語になった時のみ存在が成立する(二項関係が可換の時のみ存在が成立する
と公理1に置き換え、次に
公理2
存在を成立させなければならない
を導入する。
すると今私の目の前にコップがあるが、コップが存在すると主張するならばコップにも意識がなければ矛盾する→全てのものに意識がある
また、同様に万有引力が導かれる。
公理1,2をさらに抽象化して一つの公理にまとめると
公理0 愛
が導かれる。そしてこれは定理5「神は愛である」と一致
今の目標は
定理1と14が同値である事を示して公理0から定理14が導かれる事を示す事です。そしてそれはほぼ出来ている。
定理1の主張は思った事が存在化する→因果応報
因果応報から定理1もこの前導けたが、メモし忘れたのでやり方忘れましたがまた思い出すか考えます。